Epigenetics エピジェネティックス
クロマチンリモデリング因子 †
chromatin remodeling factors
クロマチンリモデリング因子はヒストンバリアントやヒストン修飾, あるいは転写因子との相互作用により特定のクロマチン領域に運ばれる. そこでATP依存性に, ヌクレオソームの除去, ポジショニングの変換, ヌクレオソーム中のヒストンバリアントの交換, ヒストン修飾状態の変更を行って, ヌクレオソームレベルでのクロマチン構造変換をきたす。
クロマチン再構成複合体chromatin remodeling complexを構成するATPを加水分解するタンパク質(ATPase)は、DNAヘリカーゼと類縁であり, ヌクレオソームのコアタンパクとそれを取り巻いているDNAの両方に結合してATP加水分解で得たエネルギーを使ってDNAのコアとの相対位置を動かし, ヌクレオソームの構造を一時的に変化させ, DNAとヒストンコアの結合を緩める.
再構成複合体はATP加水分解を繰り返しヌクレオソームのコアをDNA二重鎖上でひっぱって, いわゆるヌクレオソームスライドnucleosome sligingを起こし,ヌクレオソームの位置を動かしてヌクレオソームDNAの特定の領域を露出させ,細胞内のタンパク質との相互作用を可能にする.
SWI/SNF複合体はヌクレオソームに格納されているDNAを解離させるだけではなく,おのおのの転写因子やコアクチベーター,ヒストン脱アセチル化酵素といったヒストンの修飾因子と相互作用して,これらの転写調節因子をヌクレオソームから解離したDNAへ呼び込むことで遺伝子の発現調節に関与するものと考えられている.
- p16INK4A遺伝子のプロモーターの例では,SWI/SNF複合体の発現によりヒストンH3K4のメチル化酵素であるMLL-1がリクルートされ, ヒストンH3K4のトリメチル化が増加,その結果 RNAポリメラーゼIIが誘導されて転写活性が上昇する.*1
ほかにもヒストンと結合してヒストン・シャペロン(histone chaperone)として働くさまざまなタンパク質と協同してヌクレオソームからヌクレオソーム・コアの全部か一部のヒストンを取り除くことができる再構成複合体もある.
ATP依存クロマチン再構成複合体があるおかげで, DNA上のヌクレオソームの位置はきわめて動的であり, 細胞の必要に応じてすばやく変化できる.
これによりクロマチンリモデリング因子は転写, 複製, 修復, 組み換えなどのDNA反応を正にも負にも制御できる。
クロマチンリモデリング因子の構造
クロマチンリモデリング因子は,これまでの研究により, 9-12個のサブユニットからなる巨大な複合体であることがわかっている。
複合体中に含まれるSnf2ファミリータンパク質のドメイン構成型により4種のファミリーに分類される。
1. SWI/SNF (switch/ sucrose non-fermenting): さらに サブユニット構成によりBAF(BRG1 Associated Factors), PBAF(Polybromo-associatedBAF)複合体に大別される。
2. ISWI (imitation switch )
3. CHD (chromatin helicase DNA binding protein )
4. INO80 (inositol 80 requiring )
SWI/SNF5 ファミリー †
出芽酵母の特定遺伝子転写が不活性となる変異株について解析した2つの独立した研究により最初に同定されたクロマチンリモデリング因子
出芽酵母の性決定にかかわるHO遺伝子の転写が不活性になる遺伝子変異としてSwi1, Swi2, Swi3が, SUC2遺伝子の転写不活性化の遺伝子変異にはSnf2(Swi2と同一遺伝子), Snf5, Snf6が発見された。後にこれらは1つの複合体(SWI/SNF5複合体)を形成することが明らかになった。
SWI/SNF5複合体はATP依存的にクロマチンリモデリングを行い, ATPase活性をもつSwi2/Snf2サブユニットが活性の中心となる(出芽酵母の場合)。その後の解析により, Swi2/Snf2と相同性をもつタンパク質が多数同定された。これらのタンパク質はSnf2ファミリーに分類され、その多くがクロマチンリモデリングにかかわる複合体を形成していた。
ヒトでは,BAF(BRG1-associated factors)複合体のhBRM or BRG1と PBAF(Poly-bromo associated BAF)複合体のBRG1がATPase活性をもつ。
SNF5の同定とその構造
SWI/SNF複合体のサブユニットとがん発生の関係はSNF5において初めて示された. SNF5は,酵母においてHIV-1ウイルスにおけるインテグラーゼ(IN)と結合する因子として,Two hybridスクリーニングにより同定され,INI1(integrase interactor 1)と呼ばれた. その後, イーストのクロマチンリモデリング因子SNF5と同じ構造であることがわかり,現在も, INI1と呼ばれることが多い.*2
SNF5は385個のアミノ酸残基から構成され,Saccharomyes cervisiaeにおけるSFH1,DrosophilaにおけるSNR1,C elegans,Saccharomyes cervisiaeやyeastのSNF5において保存された3つの領域が確認されている.そのうちの2つは不完全ではあるが繰り返しのアミノ酸配列が見られる(repeat1:186〜245位のアミノ酸,repeat2:259〜319位のアミノ酸)
Repeat1はHIV-1のIN,c-MYC,そしてHPVE1との相互作用が確認されている.*3*4
Repeat2では266-LNIHVGNISLV-276がnuclear export signalを含む.*5
3つ目のHomologyregion3(HR3)はSNR1とSaccharomyes cervisiaeのSNF5との3種間で特に高い相同性が示され,coiled-coil domainを含む.また,N末端のアミノ残基36〜64はleucine zipperdomainであり,アミノ酸位の106〜183は140di-hisutidineモチーフと160KKRモチーフを含み,DNA結合に重要であるとされる. *6そのほか,p53,MLL,EBNA2,そしてRUNX1との相互作用が報告され,その機能協調が想定されている. *7*8*9*10
悪性腫瘍におけるSWI/SNF5ファミリー遺伝子の変異
これまでにヒト悪性腫瘍で, SNF5 (SMARCB1, INI1, BAF47), ARID1A (BAF250A, SMARCF1), PBRM1 ( BAF180 ), BRG1 (SMARCA4)などの変異が報告されている。
SNF5 (SMARCB1, INI1, BAF47)
- 抗体名のINI1(integrase interactor1)で有名. 小児腎・軟部組織の悪性ラブドイド腫瘍 malignant rhabdoid tumor(MRT), 中枢神経系のatypical teratoid/ rhabdoid tumor(AT/RT)症例の大多数に変異が認められている.
- INI1の発現がないとマウスでは早期にembryonic lethalityを示す*11. 実験的なINI1のヘテロな欠失はマウスにrhabdoid tumorsやT-cell lymphomaなどの高悪性度腫瘍の発生をもたらす*12*13*14.
- deletion, non-sense, frameshift, missense変異などが認められ, 不活性化変異inactivating mutationとなる
- 不活性化変異によりタンパク質発現が消失し, 免疫染色で腫瘍細胞核のINI-1消失(ほとんどの正常細胞は陽性のため内部コントロールとなる)陰性化が診断で重視される.
- MRT, AT/RTの他, 肉腫や癌での消失陰性化の報告がある.*15--->類上皮肉腫のページを見る
- 腫瘍の種類によって, 3つの異常なINI1発現パターン(complete loss, mosaic expression, reduced expression)が見られる. また, 各腫瘍によっても異常な発現パターンを示す頻度がことなる.
- SMARCB1(INI1)は腫瘍抑制遺伝子の働きをしている.

Malignant rhabdoid tumor
- 多くは出生時/ 幼児期に発症し, 中枢神経, 腎, 軟部組織におこる.
- ほぼ全てのmalignant rhabdoid tumorが, SMARCB1/ INI1の完全な消失を示す.*16*17*18*19
- わずかな症例では, SMARCB1/INI1発現は保たれ, 代わりにSNF5 complexのうちSMARCA4/BRG1が完全に欠損する.*20
SMARCA4 (BRG-1)-deficient thoracic sarcomaのページをみる.
ARID1A(BAF250a)
- AT-rich interactive domain 1a(ARID1A)遺伝子はBAF250a 蛋白質をコードしている. BAF250aはSWI/SNF クロマチンリモデリング複合体を構成するmultiproteinの重要な成分の一つ.*21
- deletion, non-sense, frameshift, missense変異などがあり, 卵巣明細胞癌の50%, 子宮体部類内膜癌の30%前後に変異が認められる*22*23相同性の高いARID1B遺伝子もあるが, 変異の報告はARID1Aについてのものが多い.
- ARID1A1の変化は高悪性度内膜癌において認められ, Grade3のendometrioid carcinomaの39%に, 18%の漿液性癌, 26%の淡明細胞癌に発現消失が報告されている. *24
- ARID1Aはp53依存性にp21を誘導し, ノックダウンでは細胞増殖が促進される*25
- ARID1Aの変異は上記2種の癌に比べると低頻度であるが, 胃癌, 大腸癌, 乳癌, 膵癌, 腎癌, 髄芽腫などでみられる.*26
Case IWT-59yo woman
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HE | ARID1A | HE | ARID1A_02 | ARID1A;非腫瘍内膜腺 |
不正出血. ehoで子宮内膜の肥厚あり, CT,MRIでは子宮体部限局の体癌が疑われる. 内膜細胞診でClassIV.
Adenocarcinomaで内膜由来か頸管腺由来か判定困難. 子宮内膜全掻爬が行われた.
ER++, p53+, BCL2-, HER2-, p16は内膜化生上皮部分に陽性を呈した.
ARID1Aは正常内膜腺, 間質細胞, 浸潤リンパ球などが陽性に対して腫瘍細胞核はごく淡染あるいは陰性を示している. 低異型度内膜腺は核陽性(ARID1A_02)
BAF/PBAF subunits of chromatin remodeling complex †
文献.*27
Chromatin remodeling complex, BAF/PBAF subunitのscheme.*27
ヒトSWI/SNF複合体(BRG1/BRM associated factor[BAF]複合体)はATP依存性クロマチン再構成因子であり, DNAへ接近できるかどうかドラマチック調整することで, 転写,DNA修復,複製など細胞機能の基本的段階に重要な役割を果たしている.
- 大型, 多型性のSWI/SNF複合体は, 29以上の遺伝子によりコードされた15種類までのsubunitから構成される.
- BAF, PBAF(polybromo-associated BAF)およびnon-canonical BAF(ncBAF, GBAF)の3つの異なる主な複合体が区別されている.
これらの複合体には複数の組成物が存在しており, いくつかのsubunitの位置はパラログ遺伝子からコードされたタンパク質により代替的に占有されることがある.
- SMARCA2またはSMARCA4によりコードされる触媒性(catalytic) ATPaseが, BAF複合体によるDNAにそったヌクレオソームのスライドまたは複合体をクロマチンより取り除くために重要である.
- ATPase subunitをSMARCB1, SMARCC1およびSMARC2/3(core subunits)に結合させることでin vitroで, リモデリングの完全活性を再現することが可能である.
より重要な複合体の位置は, ARID1A, ARID1B, またはPBAFにのみ存在するARID2が代替え的に占拠する位置であり,これらは複合体をクロマチンに動員すると考えられている.*28
これ以外のsubunitsは付加的なクロマチン結合ドメインを有しているが, 複合体機能についての役割は十分にはわかっていない.
- BAF subunitのコード遺伝子変異はヒトがんに高頻度に観察されている.*29*30
ほとんどは遺伝子のloss-of-function変異でありタンパク質レベルで変異subunitの消失をきたす. すべてのサブユニットが影響を受ける可能性があるが, 突然変異の有病率は癌種に依存し、複雑な機能に対するコンテキストおよびサブユニット固有の影響を示唆されている.
- 現在, BAF変異が, BAF複合体の構造や機能にどのように影響を与えるのか, どのうように, がん発生や進行に働くか不明.
loss-of-function変異は直接治療薬のターゲットにはならず, BAF変異によるsynthetic lethalities(合成致死)の認識が創薬のフォーカスとなっている. -->合成致死のページをみる.(乳癌の治療)
SMARCA4の消失が細胞をSMARCA2依存性にすること*31*32*33や, ARID1A変異によりARID1Bが主要なsubunitになる*34*35ことが知られている.
これらのデータは、複合体の同じ重要な位置を占めるパラロガスなサブユニットが少なくとも部分的に冗長な機能を発揮し、互いに補うことができることを示唆している.